先ほどは悪かった。

あんなことをするつもりじゃなかったんだ。

項垂れるように頭を下げる野獣に、サトシは何も言ってくれません。

本当に本当だ!まさか、あんな行動を起こすなんて、思ってもいなかった!

そっと顔を上げてみても、サトシの表情は固まったままです。

もう二度とあんなことはしない。約束する!

だから、このままここに居て欲しい。

お願いだから出て行かないでくれ。

野獣はサトシの手を握って、額を擦りつけます。

今、野獣にできる精一杯の誠意です。

体の具合は悪くないの?

サトシの声は小さく、か細かったけれど、野獣は嬉しさのあまり、勢い込んで顔を上げます。

だ、大丈夫だ。なんともない。ほら、ピンピンしてる!

野獣は立ち上がると、両手を広げ、屈伸して見せます。

おいらを騙したの?

サトシの顔は暗く、誤解しているのは明らかです。

野獣はブンブンと首を振ります。

それこそ、首が取れてしまうんじゃないかと思うほど、大きく振ります。

私がお前を騙すわけがない!

じゃ、どうして?

野獣は考えます。

素直に話せばこの苦しい胸の内を話すことになります。

サトシを異性のように見ていること。

だからあんな行動に出たこと。

サトシはどう思うだろう?

先ほどのように、蹴り飛ばされるか。

気持ち悪がられるか。

どちらもゾッとします。

考えただけで、冷や汗が出てきます。

やっぱり具合、悪いんじゃない?

サトシの指が、野獣のこめかみ辺りに触れます。

ビクッとして、野獣が体を引きます。

ほら、汗掻いてる。熱があるんだよ。

サトシは野獣の汗の付いた中指を、親指で擦ります。

熱。

確かに熱はあります。

サトシを思うと体中が火照って、胸がギュッと締め付けられて苦しいのですから、

病気と言ってもいいのかもしれません。

たぶん病気ではない。

野獣はサトシを見上げます。

病気じゃないなら、なんなの?

苦しくて胸が締め付けられて体が熱くなる。

それは間違いなく病気だよ!

サトシが膝をずらして、野獣の額に手を当てます。

まだ熱は出てないみたいだね?

野獣は深く息を吐き、サトシを見つめます。

どうか黙って聞いて欲しい。

サトシは小さくうなずいて野獣を見上げます。

目を瞑ってもサトシの顔がチラついて、消えてくれない。

え?

サトシがきょとんと首を傾げます。

そうすると、苦しくて、息もできなくなる。

サトシは言われた通り、黙って野獣の言葉を聞いています。

サトシが側に寄れば体があんなことになって。

野獣は下唇を噛んで言葉を続けます。

自分でもどうしたらいいのかわからなくなる。

それって。

サトシがじっと野獣を見つめます。

サトシのことを考えると、心臓が恐ろしいほど早く大きく鳴って。

ショウ君?

私はいったいどうすればいい?

野獣のルビーの瞳は、心細げに揺れています。

こんなことを言われても困るだけだな、わかっている。

ショウ君。

気持ち悪いか?ただでさえ、この見た目だ。

しかも男同士。

そんなことないよ。

サトシが心配そうに野獣を見つめます。

あんなことまでしようとしたんだ。

気持ち悪がられても仕方ない。

気持ち悪くなんかないよ。

無理するなわかっているから。

野獣は立ち上がって、サトシに背を向けます。

ただ誤解されたくはなかった。

あんなことを誰にでもするわけじゃない。

初めてなんだ初めて感じたんだ。

野獣は振り向かずに言います。

誰かを欲しいと思うのなんて初めてで。

野獣は天井を見上げます。

どうしたらいいのかわからないんだ。

しばらく動かない野獣の背中を、サトシが見つめ続けます。

何も言ってくれないサトシに、ホッとしたような、がっかりしたような気持ちになって、

野獣が扉に向かって歩き出します。

待って!

サトシが叫びます。

待って。

野獣がゆっくり振り返ると、

眉尻を下げ、困ったような顔のサトシが、野獣を見つめていました。

少し考えさせて。

おいらも、まだ頭がパニクってて。

冷静に考えるから。

だから、少し一人にして欲しい。

一人に。

うん。

出て行ったりはしないとそれだけは約束してくれるか?

うん。黙って出て行ったりはしないよ。約束する。

わかった。

野獣は一人、サトシの部屋を後にします。

いつまで一人にすればいいのか。

その結果、出て行くと言われたらどうしよう。

野獣の胸の内には、悶とした思いが広がって行きます。

でも、待ってくれと言われたら、待つしかありません。

その結果が、野獣にとって、さらに苦しいことになったとしても。